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日々の事。ときどき映画

日々のことなどいろいろ書いていきます。

「風と共に去りぬ」感想⑤

〜スカーレットとその子供たち〜

これまた映画の話でなくなって、本の感想になってしまいます。映画も踏まえてはいますが、これまでの風と共に去りぬの感想もどちらかといえば本の感想だと今更ながら気付きました。

タイトルにわざわざ"映画"と入れるのはどうかと思い始めたのでこれまでのタイトルも全部"映画"というワードは消しますね。

 

ではでは本題に。

 

映画では、スカーレットの子供はレットとの間に生まれたボニーしか登場しません。

ところが本を読んでみると、スカーレット、実は3人子供を産んでいます。男の子1人、ボニー含めて女の子2人です。スカーレットは3回結婚しているので、子供の父親はどの子供も異なります。

 

そしてスカーレット、子供に母親らしい愛情を持ったことがないようです。

 

特に、上2人の子供に関しては、スカーレットがいつもイライラしているためか、母親を心底怖がっています。

スカーレット自身も、上2人の子よりもボニーが好きだと感じているようです。

なぜなら、ボニーはスカーレットを割と好いていたから。少なくとも上2人のようにスカーレットを恐れてはいなかったし、レットに比べると劣りますが、スカーレットにも懐いているようでした。

なぜボニーがスカーレットをそこまで恐れなかったかというと、スカーレットがレットと結婚して金銭的な安定を手に入れ、貧乏に怯える必要がなくなったから。貧乏を恐れていた頃のスカーレットは、狂ったように働いていて、物理的にも精神的にも子供に構ってやる余裕がなかったのです。

 

でも、スカーレットに心の余裕があったとしても、スカーレットは母親には向いていなかったのではないかと思います。

「風と共に去りぬ」感想④

〜スカーレット〜

 

以前スカーレットは我儘なだけではなく、意外と情もあると書きましたが、それを裏付けるエピソードが他にもあります。

 

スカーレットは黒人への差別意識があまりありません。今でこそ人種差別はあってはならないという認識が広がっていますが、当時のスカーレットの周囲では少なからず格差があったと思われます。 

 

しかし、スカーレットは黒人であるマミーに大切に育ててもらったこと、他の使用人たちも忠誠心の強い信頼できる人たちが多かったことから、彼らを本当の家族として大切に思っています。

だからこそ、父親の形見である時計をポークにあげたし、罵られたピーター爺やを庇いました。

スカーレットはポークが誰よりも父親に尽くしたことをわかっていたし、ポークの気持ちや父親の気持ちを汲み取って、時計をポークに渡すことにしたのでしょう。

 

こういったところからもスカーレットのしきたりに縛られない、合理的な考え方をするところが伺えますが、それと同時にスカーレットの情の深さも感じます。

相も変わらず「風と共に去りぬ」

今回は、映画には登場しない人物のお話。

スカーレットの妹、キャリーンを愛しながらも、もう1人の妹であるスエレンとの結婚を決意したウィルについてです。

ウィルは映画には出てこないけど、本には出てきます。

 

ウィルは戦時中、南部の兵士として戦っていましたが、終戦後弱っているところをタラの人達に救ってもらい、その恩返しのような形でその後のタラの面倒をみることになります。

 

ウィルが病気でうなされている時に、傍らで看病してあげたのがキャリーン。

キャリーンは婚約していた恋人を戦争で亡くし、その悲しみを乗り越えられずにいたところでした。

ウィルが回復し、タラの農園で働くようになってからも、キャリーンは文句を言わずに働きつつも、いつもぼうっとして何か思い悩んでいる様子。

この原因を、一家の長であるスカーレットは知りませんでしたが、ウィルはキャリーンが失った恋人を想い、祈っていることを知っています。キャリーンはウィルにはいろいろと打ち明けていたようです。

 

心優しいキャリーンを好きになるウィルでしたが、キャリーンが亡くした恋人の事を忘れられない事、自分のことは兄のようにしか思っていないことをわかっていたため、告白することなく諦めます。

 

そして、いろいろあって、体面上そうするのが一番良いと考えて、スエレンと結婚することを決めます。

しかしウィルは上流階級の人間ではありません。この時代の南部の人達は、階級を重んじていたわけなので、ウィルと名家の娘、スエレンの結婚は、戦争以前では考えられないことでした。

それでもウィルはとてもいい人で、身分以外は申し分ない、スエレンには勿体無い男だと上流の人達からも認められています。

 

ウィルは最善にするにはどうしたらいいかを考えられる人。教養がなくても、ウィルのように考えることのできる賢い人は尊敬します。ウィルも生き抜く力のある人物です。

「風と共に去りぬ」感想③

〜メラニー、そしてスカーレットとメラニー編〜

 

ラニーは映画ではとても美しい女優さん、オリヴィア・デ・ハヴィランドが演じているので、本の中の"痩せっぽっちで見た目的に魅力のない"イメージとは異なりますが、穏やかで優しい、温かみのある女性のイメージはしっかり反映されています。

ラニーはスカーレットが愛するアシュリーの従姉妹であり、そして妻でもあります。共に本を愛し、思慮深いラニーとアシュリーは精神的に強い結びつきがあります。そして、その優しい性格のため、この世に悪があると思えず、スカーレットの行動を何でも良いことと勘違いして、スカーレットを愛します。メラニーはスカーレットが悪意あって言ったこと、したことも、良いことと受け取ってしまうため、そのことでもいちいちスカーレットをイラつかせます。とはいえ、このメラニーの勘違いこそが、ぎりぎりのところでスカーレットを救っていたのですが。

 

心優しく聖母のような女性で、みんなに好かれていたメラニー。

そんなメラニーをおそらくただ1人、心の中で貶して嫌っていたスカーレットこそが、実はメラニーがいなくてはならない人だったというのも奇妙というか、面白いというか…。

 

このメラニー、虫も殺せないようにみえて、実はスカーレットの人殺しを褒めたり、その人を埋めるのを助けたりします。スカーレットの人殺しというのは、護身のためやむなくしたことでしたけれど、ここでメラニーがスカーレットを褒めたのには驚きました。しかもメラニーは、スカーレットがもし兵士を撃っていなかったら、スカーレットを助けるために、兵士を剣でさすつもりだったらしいです。そして後々気づきました。あぁ、メラニーも根っこの部分はスカーレットと同類なのだと。

やり方こそ違えど、メラニーは多分スカーレットと同じで現実主義者、オポチュニストです。状況が変われば自らも変わり、泣きごとは言わない。どん底からでも這い上がり、生き抜くことができるタイプの人です。

ただ、メラニーは体力がなく、体が弱い。そして、スカーレットとはやり方も違うため、スカーレットはメラニーの自分と同じ強さに気づかなかった。そもそもスカーレットは他人の精神について知ろうとしなかったから。

 

一般的にみたら、心優しいメラニーの方がスカーレットよりも人当たりが良く、ファンも多いと思います。

しかし、メラニーはスカーレットよりしたたかさは強いと思います。

だってメラニーは、スカーレットが体力的に自分より強いことを知っていて、分かっていたからこそ、スカーレットを頼りました。スカーレットがアトランタに残ってお産を手伝ってくれた時も、

「こんなに私のために助けてくれるのはあなただけよ」

みたいなことも言ってましたね。その後もちゃっかりスカーレットの世話になっていました。計らずにせよ、メラニーにはしたたかな面があります。

 

それに比べて、スカーレットは人の心を推しはかる力が弱く、あまり複雑な考えはしないため、うまく立ち回るのは上手くありませんでした。

 

多分私はメラニーのようなタイプはちょっと苦手なんだと思います。立ち回るのが上手いタイプ。

でも、メラニーは八方美人とは違います。本当にスカーレットを愛し、スカーレットを悪く言う人たちには断固として対抗します。だからただ人を利用しているだけの人とは違うし、嫌いじゃありません。むしろ世渡り上手なメラニーが羨ましいです。はい、ごめんなさい、苦手とかじゃありません。嫉妬です(笑)

(でも八方美人で人を利用するだけの人はほんとに苦手ですよ)

 

スカーレットも最後にはメラニーが大切な存在だったことに気づきますが、それがメラニーが亡くなった後とは…。

本当に、スカーレットはつくづく不幸というか、損な人生だなぁ〜と思ってしまいます。

レットの言うように、スカーレットは人を見る目がないのが不幸なことでした。

 

でもそういうところも含めて、スカーレットって憎めない。好きなんだよなぁ。

 

まだちょっとメラニーについては語り足りてない気がするので、また書くと思います。

もっとメラニーの芯の強さとか、いろいろあるはずなので。

 

「風と共に去りぬ」感想②

〜我儘なだけではない、スカーレット〜

私はスカーレットのキャラクターが好きです。

合理主義で利己的。ぱっと見ただけだとただのわがままで冷淡な人かもしれませんが、それだけではありません。スカーレットは意外と情の深い人だと思います。というのも、スカーレットは恋敵とも言えるメラニーのことを心の中で散々に貶したいながらも、どんなときでも見放しませんでした。もちろん愛するアシュリーの頼みであったから仕方なく、という面もあります。それでも並大抵のことじゃないと思います。

 

スカーレットは戦火のもと、自分自身の命を危険に晒してまで、お産のため敵の迫ってくるアトランタを動けないメラニーのために一緒にアトランタに残り、お産を手伝い、間一髪のところでメラニーを連れて実家のタラに避難し、助けます。スカーレットはアトランタが攻め込まれる前から、メラニーを置いて愛する母のいるタラに帰りたがっていましたが、周囲の説得やアシュリーとの約束のために断念します。でも正直逃げるチャンスはあったのです。実際、スカーレットやメラニーと一緒に住んでいたピティおばは2人を置いて一人でさっさと疎開していきましたし。それでもスカーレットは逃げなかった。

 

多分スカーレットは、自分でも意図せず弱いもの、自分を必要とする者を見捨てられないところがあると思います。スカーレットは度々その利己的な行動のために、周囲の人から非難の目を向けられますが、実際スカーレットがいなかったらみんな死んでいたよね?ということが何度かあります。

 

南部が戦争で負けて何もかも失ったとき、現実主義のスカーレットは、辛い思いをしながらも、戦争の前には考えられないような重労働をしてなんとか生き延びようとします。戦争の前のスカーレットは、お金持ちの家の令嬢。パーティーが大好きで、恋の駆け引きが上手。畑仕事をするなんてありえないお嬢様でした。それでもそうすべき時が来た終戦直後には必死に働きます。しかもその時は、頼れる母を失い、父親は呆けてしまったので実質的には父までをも失い、残った黒人の使用人達やメラニーとその赤ちゃんを抱え込んだ状態です。一家の中で、スカーレットが1番強く、生き抜く方法を見つけようと必死になる力を持っていました。だからそうするしかなかったのですが、見捨てることなく一家全員の面倒を見続けるのでやはり情があると言えると思うのです。メラニーや妹のキャリーンは文句も言わずにできる範囲で働きますが、もう一人の妹、スエレンに至っては文句ばかりで働きたがらない。かといって何か解決策を持っているわけでもない。スエレンだけでなく、この一家の人の中に最悪の状況から這い上がる力を持っていた者は他に1人もいません。スカーレットだけです。スカーレットがタラの税金の工面に困って、結局妹のスエレンの婚約者を騙し取って結婚したことに関しても、あの状況を救おうとしたのはスカーレットだけです。確かにやり方は最低でした。褒められることではありません。しかし、もしスエレンがそのまま結婚していたとしたら、タラにお金をまわしていたでしょうか?きっとノーです。スエレンにはスカーレットのような責任感はなかったはずです。その場合タラはどうなったでしょう?きっとみんな終わりだったでしょう。それに、スカーレットがお金の工面をするため、きれいな新調のドレスを用意してアトランタに行こうとしたとき、他の人はスカーレットを止めて、何か別の方法を考えようとはしませんでした。妹達はそこまで頭が回らないにしても、アシュリーやウィル、そしておそらくメラニーだって、スカーレットがやろうとしていることを薄々分かっていたはずです。実際ウィルはアトランタ行きを嫌がっていました。ここでは他にどうすることもできなかった。だからスカーレットがしたことを褒めることも責めることもできないのです。スカーレットは結婚してタラの税金を払い終えてからも、必死に働いてその後のタラの人たちの生活を支えます。タラの人たちだけでなく、他の地の親戚にも援助してあげています。こういうところから、スカーレットが決して自分のことだけを考えているのではなく、弱い者を助けてしまう、情を捨てきれない人だと感じるのです。

 

だから、スカーレットが夫を立てずに自ら商売をして、しかもそれが結構うまくいっている時に、スカーレットに批判的であった人たちは、厳しすぎるのでは?と思ってしまいます。

 

もちろんそういう時代であったから、スカーレットが女らしくない商売をするというのが問題になったわけであって、今の時代では女が商売をしたからといってそこまで問題にならないでしょう。"女性は女性らしく"、"男性は男性らしく"が強要されていた時代であったからこその部分が大きいです。今は全くなくなったわけではないですが、当時からしたらある程度変わってきたと思います。

 

私が現代的な考え方を持ち込んでいるところもあるでしょうが、それはそうと、スカーレットに金銭的に頼っていながら軽蔑する人は正直おかしいと思います。

 

映画の後半の、スカーレットがお金持ちになってからの自由奔放な行動のために旧友を失っていくのは自業自得だから仕方ないとも思いますが、レットと結婚する前のスカーレットに関しては、そこまでスカーレットが非難されることもないではないのか、と思っています。

 

 

 

 

「風と共に去りぬ」感想①

風と共に去りぬ

この映画はわたしの好きな映画ランキング不動のNo.1であります。

 

昨夜暇な時間があり、再び風と共に去りぬの本を読んでいてふと気づいたのです。あ、まだここのブログで風と共に去りぬの感想書いてない、と。

 

私はこの映画は何度も観ていて、さらに日本語訳のものではありますが本も繰り返し読んでいます。

だから、これから書く感想には、映画だけでなく、本の詳しい描写を踏まえた上での感想になります。

 

さらに断っておくと、これは私の個人的な感想、解釈ですので、本の作者や映画製作者の方々が意図したものとは違った解釈である可能性もあります。

そこのところはご了承下さい。

 

 

まずこの映画を観たきっかけは、有名な映画みたいだし、みとくべきかな?と思った事でした。レンタルDVD屋さんでよく映画を借りて観ていた時期に、特にみたい映画がなく、たまたま借りることにしたわけです。

 

元々私はローマの休日が好きで、クラシック映画に興味がありました。

とはいえ、風と共に去りぬはかなり昔の映画っぽいにおいがするし、そこまで面白くなさそう…。

と、みる前の私はそこまで期待感なし。

しかし、実際にみてみると、

 

昔の映画なのにカラー!しかも主役の女優さんめっちゃ綺麗!スケール壮大!映画めちゃ長!

 

と、まぁびっくりしました。

本当にヴィヴィアン・リーはスカーレットがはまり役でした。私はスカーレットのキャラクターに惹かれました。それ以外にも、あの時代にこの壮大なスケールの映画をつくれるなんて…!と感動したり、衣装に惹かれたり、南北戦争という時代背景にも興味を持ったりで、この映画にどハマりしました。

 

それからは、スカーレットや、他の登場人物ついてあれこれ考えました。

本を買ってからは、映画では分からなかった細かい描写があり、それぞれの人物についてさらに考えを深めることができました。(自分なりの)

 

そもそも南北戦争を北部側の視点でなく、南部側の視点で描いてあることも魅力でした。

 

その後私はこの映画のDVDと本を買い、さらにはサウンドトラックまで買ってしまいました。

だって映画で使われている音楽が本当に好きだったんだもの…

 

かなりとっ散らかった感想で長くなると思うので、何回かに分けて書きますね!

 

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映画「さよなら、アドルフ」の感想

 

⚠️ネタバレ注意⚠️

 

この映画は2、3年前に観たものなのですが、色々考えさせられるものでした。

 

ナチスドイツをテーマにしたものである以上、当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが、ストーリーは重いですね。

 

この映画は他のナチスドイツをテーマにした映画とはそもそも切り口が違います。

一般的に、ナチスドイツをテーマにした映画は、ナチスドイツがやってきたことの恐ろしさを伝えるものが多いかと思います。この映画もある意味ではそうなのですが、フォーカスされる人たちが異なるのです。迫害されたユダヤ人を主人公に、戦時下のドイツを描くのではなく、終戦後の「ナチスの子」にフォーカスしています。

 

主人公ローレはナチス高官の娘、14歳。所謂「戦犯の子」ですね。

映画の始まりでは、雲行きはかなり怪しいものの、まだドイツの負けが公式に発表されていません。ローレは父親を好いていて、母親のことも好いてはいるけれど、母親はいつも機嫌が悪いので顔色を伺っているような感じです。

初めの方ではローレがかなりナチスドイツを信じていて、ドイツの負けを疑わない様子がわかります。妹と無邪気に踊る様子からはナチスの子の裕福である様子とローレがまだまだ幼い少女であることがわかります。

しかし、ドイツの敗戦が公式に発表されて、ローレ達の立場は一変します。ヒトラーの側近である両親は出頭せねばならず、ローレと妹1人、双子の弟2人、乳飲み子1人は置いていかれます。母親は妹、弟たちを連れて東ドイツのローレの祖母の家に向かうようにローレに指示してから去ります。

そのためローレは妹や弟たちを連れて祖母の家まで歩いて長い旅をするのですが、その途中にナチスのしてきた残虐な行為を目の当たりにします。そしてそれに直接関わっていたのがあの大好きな父親であると知ります。この旅の中でローレはある青年と出会うのですが、この青年が謎なのです。ローレに性的な魅力を感じたのか、ずっと後をつけてきて怖いのですが、アメリカ兵に捕まりそうになったローレ達を助けてくれます。しかしそこでローレは、この青年が自分が忌むべきと信じているユダヤ人であることを知ります。そこからローレは青年を遠ざけようとしますが、まだ14歳の幼い少女1人で旅を続けるのはあまりに無謀であるため、彼を嫌いながらも助けてもらいながら祖母の家を目指します。ナチスに教育を受け、ユダヤ人を嫌うことが身に染み付いているローレは、助けてもらったにも関わらず、この青年を徹底的に嫌いますが、ローレの兄弟たちはまだ幼く、ナチスの考えが完全に浸透していないためか、頼れる兄として青年に懐きます。

この青年は本当に謎なのです。ユダヤ人かと思ったら、ユダヤ人である証明書のようなものが結局は全く別の人のものであることがわかり、本当は何者なのか分からないまま別れることとなります。ただ彼は犯罪者が押される刻印が腕にあったようで、もしかしたら犯罪者なのかもしれない。別人のパスポートを持っていた時点で、真っ当に生きている人ではなさそう。そもそもこの時代、真っ当に生きることができた人がいたのかどうかわかりませんが。

身分を詐称していたこの青年が何故ローレたちを助けたのか。単にローレに惹かれていただけなのかどうか。私にはわかりません。

ただ、この青年との出会いが、ナチスが正しいと信じて疑うことを知らなかったローレを変えることとなったのは明らかです。

ローレはおそらく生まれてから敗戦までずっと、ナチスドイツが素晴らしいとすりこまれて育った。そしてそれは彼女の世界の全てだった。ナチスドイツは彼女のアイデンティティそのものであった。

しかしそれは騙されていたに過ぎない。ローレは、ナチスドイツの本当の姿、肝心の部分を知らずにいたから。ナチスドイツの残虐な行為を知り、今まで自分が信じてきたものはなんだったのか、彼女のアイデンティティが揺らぎ出し、そしてユダヤ人青年との出会いが完全に彼女のそれまで信じてきたもの全てを否定した。青年が結局は誰であるにせよ、ユダヤ人パスポートに挟んであった幸せそうな夫婦の写真を見たことで、ユダヤ人も自分たちとなんら変わらない、普通の人たちで、嫌う必要性がどこにあったのかわからないと感じたのだろう。

そしてやっと辿り着いた祖母の家で、敗戦してもなおナチスドイツが正しいと信じる祖母に反抗する。それまでのアイデンティティを完全に捨てるため、ローレは母親の好きだった子鹿のオブジェを床に叩きつけて割る。

 

この映画が描きたかったのは厳しい環境で大人にならざるを得なかったローレのアイデンティティの喪失だろうが、ユダヤ人青年についてはっきりと知りたいと感じた。彼は何者なのか。なぜローレたちを助けたのか。原作を読めばもう少しわかるのかもしれないが、もう新品は手に入らないよう。

 

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