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日々の事。ときどき映画

日々のことなどいろいろ書いていきます。

ヴィヴィアン・リーとゼルダ・セイヤー 〜ある2人の女性の類似〜

映画"風と共に去りぬ"で有名なヴィヴィアン・リー

そして、

ジャズエイジ、"アメリカで最初のフラッパー"として有名なゼルダ・セイヤー。

 

私はこの二人についてよく知っているというわけではない。

しかし、二人の経歴を少しだけ調べたことがある。

 

ヴィヴィアン・リーについて調べた理由は、私が風と共に去りぬスカーレット・オハラの美しさに魅了され、その中の人であるヴィヴィアンに興味を持ったからだ。

 

ゼルダ・セイヤーについては彼女の伝記的なドラマを覗いた際に実物はどのような人だったのだろうと興味が湧いたからだ。

 

ゼルダ・セイヤーのことを知ったのはごく最近だ。

しかし経歴をみてみると、すぐに誰かに似ていると感じた。

そしてそれがヴィヴィアン・リーであることに気づいた。

 

私は勿論実際のヴィヴィアン・リーゼルダ・セイヤーにあったことがあるわけではない。

ちょっとネットで検索してみただけでさほど詳しい訳でもない。

しかし、ちょっとみたところによると彼女らの人生は似ているところがあるのである。

 

まずヴィヴィアン・リーは最初の夫と別れて俳優のローレンス・オリヴィエと再婚。ローレンスとは結婚前から舞台や映画で共演し、結婚後も共に舞台で各地をまわったり映画で共演したりしている。

その後ローレンス・オリヴィエはナイトの称号与えられ、ヴィヴィアンもナイト爵夫人としてレディの称号を許される。

一見、公私ともに順調と思われた二人であったが実はそうではなかった。

シェークスピア俳優として有名なローレンスはヴィヴィアンと共に舞台をしていたがその演技に対する評価は賞賛ばかりではなかった。

夫ローレンス容姿の良さばかりで演技がなっていないなどの酷評をされた。ヴィヴィアンにも同じような評価がされることがあった。しかしヴィヴィアンに対しての酷評は声に対するものが多かったようだ。ヴィヴィアンの声はか細く、舞台では後ろまで声が届かないなどといった評価をヴィヴィアン本人は気にしていた。ヴィヴィアンは舞台に不向きではないかと言われることは、ヴィヴィアンにとって、夫の演技に対する酷評よりも重く厳しいものに思えたようだ。ヴィヴィアンは風と共に去りぬで映画で成功したが、夫は舞台で芝居をしている。ヴィヴィアンの舞台における評価が厳しいものである以上、夫と舞台で共演する身としては苦しいものであった。さらに夫は功績を評価されナイトの称号を得たのだ。ヴィヴィアンはアカデミー賞を受賞しているが、そのことこそがヴィヴィアンの女優の道の妨げとなっているところがあった。何を演じてもヴィヴィアンは風と共に去りぬのスカーレットにしか見えないと言われたのだ。ヴィヴィアンは夫の成功と自分への評価を比べて苦しんだ。さらに夫婦の間にはなかなか子供が生まれなかった。ヴィヴィアンは映画の撮影中に流産したのだ。この事はヴィヴィアンに大きなショックを与えたと思われる。

こういった経緯もあり、ヴィヴィアンは次第に精神を病んでいった。

ヴィヴィアンは浮気、狂言など奇行をするようになり、激しく暴れる時期とひどく落ち込む時期と繰り返すようになった。彼女は暴れているときの自分が何をしたか、冷静な状態に戻った時に覚えておらず、自分がしたことを知りひどくショックを受けることもあったという。ヴィヴィアンは恐らく双極性障害だった。

ヴィヴィアンはその後治療を受けたり入院したりしているが、ヴィヴィアンの世話に疲れ果てた夫ローレンスはヴィヴィアンと離婚する。

 

ヴィヴィアンが精神を病んだ原因は一つではないだろうがその中の一つに夫の成功に対する劣等感があったのではないかと思う。

ヴィヴィアンは夫の成功だけでなく自分自信で成し遂げた成功を欲しがっているようだった。

ローレンス・オリヴィエと結婚してからのヴィヴィアンは夫に対してライバル意識を持つようになっていた。

 

夫にもたれかかって得た名声や注目でなく、自分で成し遂げて自分で掴み取る成功を欲した点こそが、ヴィヴィアン・リーゼルダ・セイヤーの類似点だと思う。

 

ゼルダ・セイヤーも結婚後しばらくはジャズ・エイジとして夫ともに注目を浴び、成功して誰もが羨む派手な生活を送っているかに思われた。

しかし実際は夫とは公では幸せそうに装ったが人目のないところでは激しい口論があったという。

夫は作家として成功したものの次から次に作品を発表しても幾ら評価が高くとも売れない本もありなかなか金銭的には厳しい時期もあった。

さらにゼルダは自分でも書き物をしており度々記事のようなものを頼まれて書くこともあった。

夫は自身の作品の中に妻ゼルダの日記をそのまま引用したことがありその事はゼルダを怒らせた可能性がある。

それだけでなく夫は飲酒の量が尋常でなくそのために激しい喧嘩をすることもあった。

ゼルダ自身もおとなしく黙っているタイプではなかったと考えられる。

このような結婚生活の中でゼルダは精神を病んでいった。ヴィヴィアンと同じ双極性障害のような症状であった。

ゼルダは一度だけ自身の結婚生活を題材にした本を出版したことがある。

その題材は夫も自分の作品に取り入れようとしていたものであり、先に妻が使ってしまったことを責め立てたという。

ゼルダの本は思ったようには売れなかった。

ゼルダは落ち込んだだろうがその後も本や絵の創作に励む。

ゼルダをこのように創作に駆り立てていったのは、

夫に対するライバル視と自分自身で成し遂げるものを欲していたことではないかと考えられる。

 

ヴィヴィアン・リーゼルダ・セイヤー、

この二人に見られる精神はフェミニズムの先駆けのように思える。

 

夫に隠れた存在ではなく彼女ら本人の成功を求めた生き方には興味を持たずにいられない。